ついったでぽつぽつ呟いてる清仁(フード)と一子(ロリ子)の小話です

大きな大きな怪物が街を歩き回っている。鋭い牙や爪が、ここからでもはっきりと分かる。
耳が痛くなるような叫び声が聞こえるたびに、恐さが身体全体を包んでしまう。
「やだ…何だよ、何で、こんなのっ……」
恐怖からか、人相の悪い青年はひどく震える手で、鞄の中を探った。大事に抱えていたそれから、常に携帯しているシンナーの缶と、サラのビニール袋を取り出した。
缶を数度上下に振ってから、先をビニールに包み、内容物を移し始めた。
弱い自分を隠すために、現実逃避のために、全ての恐怖を忘れるために、………死ぬために。袋内のシンナーの濃度はどんどんと上がっていく。普段服用する量はとうに越え、缶の中は空になりかけている。
そうして膨らんだ袋を今度は口につけ、身体中に廻るようにと深く吸い込んだ。頭にもやがかかり、身体から力が抜けたかと思うと、次の瞬間には思考も意識も飛んでいた。
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「ママ…パパ、どこ………?」
荒廃した街で、少女は1人歩いていた。
見慣れているような、全く見慣れぬような、生気の無い街並みは少女を不安にさせた。
「…ね、ぇ………」
日本人離れした端正な顔を歪ませて、少女は泣き出そうとしていた。
ママもパパも、それどころか誰もいない。何度も転んで、お気に入りの服が汚れて破けた。大事な大事な人形も何処かへ落としてしまった。
一体、どうすればいいの?
荒々しく涙を拭い、最後の希望はないかと周囲をぐるりと見回すと、壊れたビルとビルの間に力なく横たわっている人間らしきものを見つけた。
恐る恐る近づくにつれ、ソレは確実に人間であることがわかった。
「…大丈夫?おにーさん……」
顔の近くにしゃがみ込み、声をかける。辺りに漂うシンナーの匂いが、軽い眩暈を誘う。口元をだぶついた袖で覆い、なおも声をかける。
「ねぇ…寝てるの?……死んでるの?」
全く整えられていない軋んだ髪、恐ろしくクマが濃い目元、乾いた唇から覗くボロボロに欠けた歯。同じ人間には見えないな、と少女は思った。
「おにーさん…おにーさんも、ひとりなの?」
答えはないと分かっていながらも、黙るのは嫌だった。彼は死んでいると肯定するような気になるからだった。
「誰か…他に、いないかなぁ」
知らない人間に気をとられていたのもつかの間、状況は今までと変わっていないことに少女は気づき、再び涙がこみ上げてくる。
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渋谷を視察していた自衛隊により、昏睡状態の青年と、両親とはぐれた少女の2名が救出された。
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「あのね、私の名前は一子っていうのよ」
「ぅう?いー……?」
意識が戻った青年は、知力がほとんど無かった。特に言語能力については、5歳児並みの言葉しか並べることが出来なかった。
「イ、チ、コ、よ。数字の一に、子どもの子って書くの。簡単でしょ?」
「いー…いぃ、こ……」
「もー、違うのにぃ」
部屋の隅でさし向かい、ゴスロリ服の少女がどう見ても年上の青年に名前を教える光景は、はたから見て奇妙であった。
「じゃあね、あなたの名前は?」
「うー…?んー…わかん、なーい」
青年は にへらと笑いながら首を傾げた。自分についての情報でさえも大半を忘れているようだ。
「えー…うーんとね、じゃあねぇ……セイジ!清仁って呼んでいーい?」
少し考えこんだ後、少女は手をぱんと鳴らして言った。
「せー、じ?」
「うん、そうそう!前にね、ママが言ってたの。私がもし男だったら、って名前なの、それで、私に弟ができたら付けようって言ってて。いいでしょ?うん、私の弟になったらいいんだわ!」
これ以上ないほどの笑顔で語る少女に合わせるように、青年も不揃いな歯を見せてこくこくと頷いた。
「じゃあ決まりね!年上の弟ができるなんて、ふふ、楽しみ!!ヨロシクね、セイジ」
「んー。いー、よ、お、し、く」
東京議事堂の一般住居区、周りの雰囲気に似合わぬ明るい声が響いていた。
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