19歳、10月ある日の夜。
大学からの帰り道、いつものように、道路の隅で申し訳なさそうに立っている女の子に近づいた。
齢は10歳ほど、身なりはそれほど悪くなく、帰る場所を無くしてからそれほど経っていないんだろう。
「お嬢ちゃん」
相手は一瞬ビクリと肩を震わせてから、おずおずと顔を上げた。
「こんな夜中にどうしたんだい?」
少女は怯えながらも、呟くように答えた。
「お家が、ないの……お金も…」
珠を転がすような声だ。こんな愛らしい少女を捨てる親は、社会は、何を考えているのだろう。
「そう…でも、夜中に一人で怖いだろう?それに、危険な人に何かされるかも知れない」
僕みたいな…ね。
「僕も学生だから、あまりしてあげられることはないんだけど。一晩くらいなら寝床を用意してあげる。ご飯も、それに少しだけどお金も。どうだい?」
少女はまだ探るような目で僕を見ていたがやがて、お願いします、と小さな声で返事をした。
じゃあ、と彼女の手をとったその時。
わずかな街頭の灯りと月の光しかなかった夜の道路に、幾つもの強い光がついた。
「誘拐、現行犯逮捕だ」
瞬く間に数人の警官が僕を取り囲み、手錠をかけた。
「…囮捜査ですか」
身なりが良かったのも、僕の誘いにすぐ食いついて来なかったのも。
「7日前の、公園で女児誘拐事件。あれもお前か?」
「公園?…あぁ、たぶん」
確かに、ちょうど一週間前に人形のような端正な顔立ちの少女を持ち帰ったことは覚えている。
「ソレの被害届けが出ていたんだ。目撃者の犯人像と一致しているしな。…そしたら、まんまと引っかかったワケだ」
「なるほど、あの子には可愛がってくれる親がいたわけですね」
警官は意地悪い笑みを浮かべた。
「そうだ。…運が悪かったな」
「分かってましたけど。でも、僕は悪くない。あの子が可愛すぎたんです。本当に、人形のような、天使のような。あんな子と僕を巡り合わせた運命が悪いんですよ」
僕は、にっこりと、相手を憐れむような目で見た。
「それで。その少女は何処にいる?」
警官はキビキビとした、仕事の声に戻った。
「うーん、さぁ。今は、よくわかんないです」
少しおどけて、肩を竦めて言った。警官は僅かに眉尻を上げた。 「どういう意味だ?」
「そのままですよ。えっと、そうだな…一週間前なら、ココにいましたけどね。今は、もう多分いませんから」
言いながら、僕は自身の腹部をさすった。
「な……」
警官は、ギョッとした様子で後ずさった。
「それにしても、本当警察って、いや、この社会はなってませんね。親や家がない子は、存在していても、いないことと同じ」
「…どういう意味だ」
「親のいる子ならたった一人でも問題になるんだな、ってことです。今みたいに」
「まさか…他にも」
さっきまで威勢の良かった警官の顔が、みるみる崩れていくのを見るのは、少し楽しかった。
「イヤイヤ、お家のある子はその子一人だけですよ?他はぜーんぶ、路上で身体を売っていた家なし子ばっかりです。肉親にも、社会にも捨てられた。……まさか、そんな子達を殺したことが罪になるんですか?あなた方が、いるかいないかも把握出来ていないような子たちを!その上証拠もない!アハハ、どうやって?!」
話す内に興奮しきっていた。一息に言い終わり、正面を見据えると、警官の軽蔑した目が僕を冷静にさせた。
「そういうことは問題ではない。とにかく、署で話してもらう」
すっかり僕の話に飽きたように、言い捨てた。
パトカーに乗る寸前、さっきの警官が聞いてきた。
「さっきの話からすると、相当ヤってきたそうだな。一体、どれくらいの人を殺してきた?」
なんだ、そんなことか、と思った。
「どれくらいって、そうだな…2年くらいだから、その間、ひと一人が食べる豚肉と同じくらいじゃないんですか?」
刑務所では、彼は悪びれも、怯えもしていなかった。刑を宣告された後も。初めからわかっていたように。
知能テストでは至って正常、平均以上の数値であった。
「人を殺すことはいけないことだと分かっている」と言った。
「人は、牛や豚とは違う。だから、殺してはいけないんだ」とも言った。
「でも、それでも、僕にとって少女たちは食べ物だった。とても美しくて、崇高な、ね」
最後は笑いながら言ったという。
青年は17歳の頃から一連の犯行を2年間に渡って行い、被害者の数は、データと照らし合わせただけでも50件以上にのぼり、実際には数百人はいるだろうと推測された。本人は最初から最後まで、分からない、と答えていた。
享年19歳、青年は死刑を宣告され、控訴もしなかった。20XX年10月某日、彼は電気椅子にかけられた。
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