頭が正常に機能していなかった。身体の内側を痛みが支配していて、気を緩めるとすぐにでも意識が飛びそうになる。
何故、こんなことになったのだろう。気がつくと、腹にぽっかりと穴が空いていて、砕けた瓦礫の上に横たわっていた。
空はどんよりと灰色で、瓦礫を撫でるかすかな風の音だけが聞こえている。
ーーそうだ、僕はドラゴンを、見つけた……
途切れそうになる意識を繋ぎとめながら、記憶を少しずつ辿ってゆく。
ーーそして……彼に……………彼が……
真っ赤な、まるで地獄の焔を具現化したような体躯のドラゴンが前方に見えた。
それを捉えた瞬間、身体の内側から煮えたぎるような憎悪と怒りがこみあげ、意識の表面に浮かんでくるのを感じた。そして同時に、自分の意識が沈み、真っ白な無の感覚に包まれることも。
次に目を開けるとドラゴンはおらず、身体が上手く動かなくなっていた。
全方向を見渡すことはできないが、生き物の気配はしない。
凪太は、彼ーー自分の中の怒りと憎しみを司る人格が闘った結果なのだろう、と考えた。
「ッ……………」
今までよりも激しく傷口が疼く。穴の周りが焼けるように熱く、内臓をえぐるような感覚に襲われた。
このままどうなるのだろうか、答えは見えていた。こんなに大きな穴が開いていて、生きれるはずがない。今こうして生きているのは、少しだけ体に流れているルシェの血がそうさせているのだ。ルシェはほとんど全ての身体能力について人間を凌駕しており、彼は特に自然治癒力が優れているが、このような傷を修復することは流石に不可能だ。死ぬのは時間の問題であることを、彼自身も理解している。
「痛……………こんな、の…久し、ぶりだ…」
短く喘ぎながら、切れ切れに言葉を紡いだ。いつも苦しいことや辛いことがあると勝手に別の人格に変わり、自分は意識の内側に篭もってしまうのだが、今はそんな余裕も無いらしい。確かに、今少しでも意識を失ってしまえば、そのまま戻ってくることはできない気がする。
「…………どうしよ、いつ…死んじゃうんだろ」
そう独りごちた瞬間、頬を伝うものがあった。
今まで、死を眼前に感じることなどなかった。いつもどこかで、死んでも構わないと、生きる必要なんて無いと、考えていた。しかし今になって、惜しいと、初めて思った。
「ぐっ………ぅうぐ……」
涙が溢れ、しゃくりあげようとする度に背筋に激痛が走る。それでも、止めることは出来なかった。
「ごめ……母…さ………………う、うぅぅぅ……」
低く唸るように声を搾る。誰にも届かないその声は、空に浮かぶやいなや消え入った。
「ごめんなさい…………仇、を……」
額に脂汗を浮かべ、苦しそうに呟いた。それが傷の痛みなのか、彼が夢幻に見ている人間への懺悔の念なのかは、分からない。
凪太はやがて泣き疲れたように目を閉じると、二度と目覚めることはなかった。
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