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全滅(SQ1)

シェイド達1軍が壊滅するIFのお話です
ぬるいですがR-15Gでお願いします

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五人は疲れきっていた。
際限なく湧き続ける蟻の大群。しかも、どの蟻も全長が人の腰丈ほどはある、まさに世界樹の怪物といった体躯である。硬い身体に高い機動力、更に倒せど倒せど湧いてくるのだから、誰もが万策尽きた、と思っている。特にメディックの回復薬も、アルケミストの触媒も既に尽きていたということが大きかった。ただ攻撃の手を止めればあっという間に呑み込まれてしまう。じりじりと体力を擦り減らしながら、なんとか食い止めている、という状況だった。
どうすれば損害なく退けるだろう、そのことだけを考えながら、シェイドは剣を振るっていた。普段の気弱でネガティブな性格を、死にたくないという恐怖心で包み込み、奮い立たせている。ほぼ形式上だけのことではあるものの、リーダーという立場も彼に使命感を与えているのだろうか、なんとか隙を突き皆で逃げないと。という一心である。猫のようにつり上がった目に浮かぶ金瞳をギョロつかせて、必死に糸口を探していた。
「………マオ!ありったけの矢を上に撃ちだしてくれ。…しばらくは、俺一人でも食い止められる、と、思うから……」
細身の長剣を器用に扱い目の前の蟻を翻弄しながら、右手に位置する男に叫んだが、元来の自信の無さが表れ、言葉はどんどん尻すぼみになっていった。マオは一瞬シェイドに目を配ったが、小さく頷くとすぐさま弓矢の準備を始めた。
「フェイっ、お前は先にユーリウ達と逃げろ」
シェイドは声が届いたのを確認すると、今度は左に向かって叫んだ。視界の中に、黄金色の長髪と大ぶりの木杖を振り回している少女を入れる。
「なっ……どうしてですの、わたくしはまだ戦えますわ!」
「いいんだよ!お前は足が遅いからっ…」
シェイドは焦りのような、苛立ちのような語調で答えた。
「じゃっ、じゃあお兄さまは……」
フェイメイは兄を見つめ、既に心配で瞳を潤ませながら言った。
「大丈夫だっつの!マオもいる、早く!」
「…っ…………」
フェイメイはなおも言いたげだったが、兄の普段見ない鬼気迫る様子に渋々従った。蟻を杖で押し戻しながら、隙を突いて後ろへ飛び退いた。前線で苦戦を強いられている兄から目を離せないまま、おぼつかない足どりでユーリウに手を引かれていった。
「早く、こっちだよ」
いつもは最後尾を守っているシルフィが獣避けの鈴を大袈裟に揺らしながら、二人を先導する。
「わあっ、てるって……フェイ、お前もっ、ちゃんと走れよっ」
フェイメイの手を握ったまま、息を切らせてユーリウは言った。狭い通路に植物も多く茂っているせいか三人の歩みは早くはないが、既にシェイドとマオの姿はかすみがかっている。しかしそれでも、フェイメイは後方を見つめ、意識を宙に放り出していた。
「戻ら、ないと…………」
ユーリウに引かれるまま動かしていた足に、少しずつ力を込めていく。くるりと首をまわし、ぜえはあと息を荒げているユーリウを見据えた。
「ねぇっ、戻りましょう?やっぱり、やっぱり、戻らないと………」
そう言うフェイメイの頬には涙が伝い、何度もしゃくりあげていた。ユーリウはフェイメイを見て一瞬ギクリとしたが、彼女の想いを拭い去るように力強く首を横に振った。
「馬鹿ッ、何の為に、逃げてると思って…」
「でもっ…だって………」
そんな二人を見かねて、シルフィが声をかける。
「二人とも、早く。鈴が壊れちゃうよっ」
「だって、だってお兄さまが…」
三人がもだもだとその場から動けないでいると、喧騒が消えたはずの後方から悲痛な叫びが響いた。


「…シェイド、あと五分だ。五分経ったら、逃げる」
マオは矢筒に入れていた矢を全て蟻達の真上に放ちきると、懐から短剣を取り出し、シェイドの側へつこうと地面を蹴った。
「うん、わかっーーー」
た、と言い終えかけた声が、鈍い音にかき消された。咄嗟に右へ首をひねると、マオが膝をついて呻いている。
「マオ? マオ、どうしたの………!」
シェイドは一気に恐ろしくなった。思わず剣を止め駆け寄ろうとしたが、蟻の猛攻が止む訳もない。このままでは正面の敵を戦えなくなっている彼の元に導くだけだと思い、こらえた。
「いっ、いひゃっ、あづ、うぐ、ぅぅぅぅ…………」
膝をついていたのも束の間、マオはすぐに全身を地に打ちつけ、悶えながら仰向けに身体をよじらせた。
「マオ!マオ!」
シェイドは泣きながら必死に呼びかけるが、その声が届いているようには思えなかった。しかし黙っていては、恐怖と緊張で膨張した心臓が破裂しそうな気になって、そこから大量に送り出される血液を吐き出すように、叫び続けた。
すると、顔面を両手で覆い呻いているマオの上半身が一度大きく跳ね、手が力を失ったように地面に投げ出された。
覆うものを失い初めて見えた彼の表情は、右半分が無かった。皮膚が溶け、爛れている。露わになった筋肉が所々見えるが、あとは変色した黒と、今なお新たに溢れ出している赤色が混じった血液に埋め尽くされていた。歯を強く食いしばり、隙間から泡を吹いている様子から、酷い痛みを伴っていることが予想できた。
そこへ数匹の蟻が寄ってたかり、次々に口腔から水鉄砲のように液体を噴き出す。
蟻酸だった。粘ついたそれはマオの衣服に絡み、地面へへばりついた。しかしその飛沫がマオの左頬に当たると、小さく泡立ち、黒い染みを作る。
「う、ぐぅっ………」
荒い呼吸の隙間から、途切れ途切れに低く唸る。再び身をよじらせようとしたが、蟻酸のせいで上手く動くことができず、更に体内に染み入った毒素のせいで、辛うじて動かせる手足も彼の意思に反してがくがくと痙攣していた。
「ぐああっ…うう…」
残された左眼は苦痛に見開き、瞳孔が忙しなく動いている。
「マオ!はっ、ああっうっ…………」
無惨な恋人を見て、涙にむせぶ。
抵抗できなくなったマオに多数の蟻が群がり、あっという間に姿が見えなくなると、シェイドはついに我慢しきれず長剣を目の前の蟻に勢いよく突き刺し、マオの元へ駆け寄った。シェイドに背を向けている蟻達の隙間から覗き見ると、既に残骸のようなー腕や脚が千切れ、腹部に太く鋭い脚がめり込んでいる彼の姿があった。もはや人間として成立しないほど身体が損傷しており、しかしまだ意識はあるようで、死んだように動かないかと思うと、突然息を吹き返し痛みに喘いでいた。すえた肉が混じったような錆の臭いが辺りに充満し、鼻腔から直接胃の中を掻き回すような不快感を与える。蟻達はマオの一部をもぎとると、順に群れの中へ身を隠していった。女王蟻に貢ぎに行くのだというのが見てとれた。
「やめろ、やめろよッお前らぁ!」
目の前、視界を狭めている二匹の蟻の関節に足を掛けて、よじ登った。脚を何度も交差させて抵抗する蟻を足蹴にして、勢いよく宙へ飛び出す。気が動転しているからか、普段している、猫のような着地に失敗してべしゃりと顔をしたたかに地面に打ちつけた。鼻の奥から温かい粘液を感じ、錆の味が口に広がった。少しの間悶絶し、なんとか顔を上げると、僅かに残ったマオの頭部はそこに無く、赤黒く粘ついた血だまりだけが残っていた。
全て、蟻達が持っていってしまったのだ。無数の蟻の上で、肉片と化した彼の身体が躍るように運ばれていくのが見える。何も考えられずその場に座りこんでいると、近くの蟻達が今度は自分に向かって粘液を吹きつけてきた。人間の、冒険者の本能は素晴らしいもので、反射的にそれらを避ける。我にかえると四方を分厚く囲まれており、心臓が縮まる。歯の根が噛み合わず、がちがちと音を鳴らしながら、震えが全身に広がっていった。剣は無い。もはや、助かろうなどという気持ちは持てなかった。先ほどまでのマオの顔が、様子が脳裏を支配していた。せめて、せめて楽に…。
「!…づぅっ………」
突然、目の奥に鋭い痛みが走った。素早く目を抑えるが、表面ではなく、目玉の中がひりひりと灼けるように熱かった。地面に吐き出された蟻酸が蒸発し、肌や目を刺激して、露出している顔や胸、腹の皮膚が無数の針に撫でられているように痒くなる。しかしすぐに、それらが突き刺すような痛みに変わる。
「あっ…ぎぃぃっ…………」
手で顔をかきむしれども、痛みは引かない。それどころか、蟻酸が浸透しボロボロになった肌に革手袋が沈み、手を動かすだけで、ぐずぐずになった肉が熟れすぎた果実のように零れ落ちた。額の、頬の肉が抉れ、生ぬるい血液が手袋を伝った。そして催涙スプレーをかけられたようにだくだくと流れる涙が更に頬を刺激する。
同じように腹をかきむしっていると、突如、たくさんの不揃いな金切り声が耳に入った。近くで、遠くで、巨体が倒れる音が続く。シェイドは、もはやそんな音に気を向けられるような状況では無かったが、頭の奥で、マオが先ほど放っていた大量の矢のせいだということを理解していた。感覚で、倒れた蟻達の方へ足を進める。毒素がまわり始めた足でふらふらと、あばらを剥き出しにして、変色した血に塗れた小腸をはみ出させながらも、何故か歩こうとしていた。最早ほとんど視力を失った虚ろな目に血が入り、目を閉じようと頬の筋肉を吊り上げる度、激痛に苦悶する。それでもマオに少しでも触れようと、腕を前に伸ばしたままゆっくりゆっくりと脚を動かした。しかしいきなり足が痙攣し始め、崩れるように膝をついた。衝撃で腸が大量に飛び出し、べしゃっと地面に渦を作る。ごぼごぼと言葉にならない声で口に溜まった血を吐き出すと、最期に、力の限り叫んでいた。


「お兄さまっ!お兄さま、あああっ、いやあっ!」
遠くから聞こえた兄の咆哮に、フェイメイは錯乱していた。ユーリウに掴まれている腕を引きちぎらんばかりに、声のした方向へ行こうとする。それをユーリウもまた行かせまいと、鋼の籠手を食い込ませるほどに掴んで制していた。
「フェイ!落ち着け、だ、大丈夫…だって……」
小さな瞳孔を気まずそうに左右させながら、ユーリウは告げた。そうして無理矢理にでも連れ戻そうと、渾身の力を込めた。しかし彼の非力では、望む方向に一歩でも動かすことは叶わないようだった。
「嫌っ!離してぇっ!」
フェイメイは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、注射を嫌がる駄々っ子のように踏ん張った。ユーリウと対峙するその目には、先ほどまでの心配や不安は無くなり、怒気を孕んでいた。
「フェイちゃん!ユーリウくん!もう、何してるの!」
焦りからくる苛立ちに、彼らしくない語調で叫びながらシルフィが動かない二人に辛抱ならず戻ってくる。
「離せって言ってるでしょおっ!」
先に動いたのはフェイメイだった。手にしている杖を、ユーリウのみぞおちめがけて力いっぱい殴りつけた。見事に命中し、ユーリウは膝から崩れ落ちた。目を見開き、酸素を必死に吸い込もうと喘ぐ。フェイメイはそんな様子に気を向ける素振りは微塵もさせずユーリウの手から、血が滲んだ自身の腕を素早く引き抜くと、叫びながら霞の中へ走り去っていった。
「ふぇい…めっ…………」
ユーリウは息を取り戻しながら、よろよろと立ち上がった。吸い込まれるように、フェイメイの後を一歩一歩辿り始める。その肩を、シルフィが後ろから力強く掴んだ。
「駄目っ!違うよ!」
常に持っていたリュートを投げ捨て、両腕でユーリウを抱きすくめた。
「違う、そっちじゃない」
眉をひそめ耳もとで囁きかけたが、ユーリウは足を止めようとはしなかった。元から細い目を更に鋭く細め、小さな声でフェイメイとシェイドの名前を繰り返し呟いていた。
「戻るよ!もう少しで磁軸なんだ!」
「…離、せよっ………」
呪詛を吐くように、低くこもった声でうなる。
「そんなのダメだ!帰ろう、帰ろうよッ!」
首をぶんぶんと横に振り、訴えかけるように言った。そしてユーリウを抱きすくめたまま、じりじりと後ろに下がっていく。
「あいつら…あいつらがっ……!」
普段は威丈高な彼だが、今は完全に取り乱している。両手で前方の空気を掻くように振り回し、シルフィの腕から逃れようとする。しかしみぞおちを殴られたダメージが無くなっているわけはなく、少しずつだが後ろに引きずられてゆく。
「ユーリウ君!君は、君はっ……死にたいのかい?!」
そこで、ユーリウの全身から一気に力が抜けた。反動でシルフィ共々、後方に尻もちをついてしまう。シルフィからユーリウの顔を見ることは出来なかったが、彼の胸の前にまわした手の甲に、雫が当たった。
「…だって、だって…………」
ユーリウが震え声で、力なく呟く。荒い息遣いで、少しずつ言葉を紡いでいく。
「あいつらっ…うっ、い、従兄弟なんだ……はあっ、あ、あいつらしか、居ないんだっ…あいつら、ずっと一緒で、俺に、いつも、ついてきてっ……ずっと、あいつらっ、ずっと…ううっ……」
いつも、幼稚な言動をするシェイドやフェイメイに悪態をつき、苦い顔をしている彼だったが、今は自身が幼い子供であるように泣き声をあげ、鼻をすすっていた。
「でも、でも、君まで行ったら、シェイドくん達が残った意味はどうなるんだい…」
シルフィは、目の前にあるクセの強い金色の髪に鼻先をうずめて、小さく言った。その言葉に、ユーリウは細い眉を吊り上げた。
「は?…お前っ……まさか、お前…」
ぎこちなく上体をひねり、シルフィと向き合う。お互いの吐息が感じられるほどの距離で、大きく黒目がちな彼の瞳を見据えた。だがシルフィはユーリウと目を合わせようとはせず、伏し目のまま僅かに頷いた。そして眉根を寄せ、わなわなと震え出すユーリウの肩に手を置いた。
「始めっから…始めからあいつらのこと……殺す、つもりでっ……!」
目を殺気立たせ、シルフィの襟元に掴みかかる。鈍い音と共に互いの額がぶつかったが、どちらも退こうとはしない。ユーリウの頬をとめどなく涙が流れ、膝元に小さな水たまりを作った。
「しょうがないじゃんか…だって、どうしようもっ……」
悲しげに目を閉じ、シルフィはかぶりを振る。長い睫毛から、幾度も涙が零れ落ちた。
「なんでっ…なんでそんなこと!お前、なあっ……!」
「皆で助かるなら…そう出来るんなら、してるさ!でもっ…だから………」
「だからって、俺達だけ生き残ってどうするってんだよ!こんな…どうせこんなことになるんだったら、死んじまってた方が良かったじゃねえか!」
不意に肩を掴む力が強くなり、ユーリウははっとした。腕の力が抜け、だらしなく地面に落ちる。何度か瞬きをし涙で滲む視界をはっきりさせ、ゆっくりと顔を上げると、シルフィと目がかちあった。今度は目を逸らさず、こちらをしっかりと見据えている。口は僅かに開いているが、言葉を発する様子は無く真意は読み取れない。逆に、哀しみをたたえた大きな二つの眼から、自分の心を見透かされているような気分がしてとても心地が悪かった。いたたまれなくなり、視線を外そうか逡巡していると、肩へかかっていた重圧が突然無くなった。しかし感触はそのまま両腕を伝い、手の甲に重ねられる。籠手を通してだが、しなやかで柔らかい、冷ややかな指先を感じた気がした。
「僕は…自分勝手だっ……わがままだっ…」
ひどくえずきながらシルフィは幾度か肩を激しく上下させると、冷たく湿った地面に額を打ちつけ、大声をあげて泣き出した。静寂を裂くように、シルフィの声が上へ、上へと響いていく。
「分かってるっ……でも、君は…君だけは、死なせたくなかったから…ごめん、ごめんね…………」
申し訳なさそうに、か細い声で謝り続ける彼を、ユーリウはただ茫然と見下ろしていた。その言葉を聞いていると、何故か無意識に唇の端が歪み、不自然な笑みを形作る。きっとユーリウ自身も気がついていない。シルフィの手が重なっている下で、強く拳を握った。
「ごめんって…んだよ……」
吊り上げた口端をひくひくと痙攣させながら、絞り出すように言った。シルフィは額を地にこすりつけたまま、ごめんと再び呟いた。
「謝るんならなあっ…返せ!返せ、あいつら!こんなことで、生きたくなんかねえよぉ俺は!」
重なった手を振り払い、突っ伏したシルフィをひっくり返して突き飛ばす。道の脇に茂る硝子細工でできたような草むらに仰向けに倒れこんだ彼を追い、馬乗りにかぶさった。
「みんな、死ぬって分かってて…ほっとけるわけ、ないよ……」
荒く息を吐きながら、シルフィは絶え絶えに呟いた。倒れた衝撃で口内を切ったのか、力なく開いた口端から鮮血が流れ出ている。
「なんで俺なんだよっ、馬鹿、ふざけんな馬鹿っ!」
ユーリウが左眼からぼろぼろとシルフィの胸元に涙を落とし、吠えるように叫んだ。そんな金髪の少年を見上げて、シルフィは目を細め、微かに微笑んだ。
「そんなの…君が、分かってるだろう……?」
緩慢な動作で両手をユーリウの後頭部にまわし、自分の方へ引き寄せる。ユーリウも抵抗はせず、シルフィの右肩に顔を埋めるように頭を下げた。左手で軽く草をかきわけ、冷たく湿った地面に、火照った右頬を押しつけた。しばらくの間、二人が鼻をすする音だけが静寂の中にあった。
ユーリウは、じわりと右目を覆う髪の毛に水が染みるのを感じた。シルフィの涙か、地面から蒸発した水分を吸収したのかかと思ったが、それにしては温かい。ゆっくりと頭を起こすと、大量の赤い液体が目に飛び込んできた。心臓が早鐘を打ち、手の内から汗が滲み出た。シルフィのオレンジがかった茶髪の下から、どくどくと流れ出ている。
「あっ…な、なんでお前……」
慌ててシルフィの上から退き、背中と頭の後ろに手を差し込んで上体を引き上げる。ごつごつとした地面の中、真っ赤に染まった中心だけがとりわけ突出していた。労わるようにシルフィの頭を胸板に押し付け、震えながら両手の籠手を外し、再び頭を支える。すぐに左手が赤く染まり、滑って手だけでは支えきれなくなった。衝撃を与えないようにシルフィの頭を腕に乗せ、自分の左肩に顔を埋めさせる。
「ごめ、んね………」
腕を上げる力も既に無いのか、ユーリウの背中にまわすこともなくだらりと垂れ下がっている。ユーリウは嗚咽を漏らして、シルフィの髪に顔を押し付けた。
「はぁっ、ふざけんなよっ本当に……は、ク、ッソ野郎ッ…俺だけ……俺だけっ……!」
「………ごめん…」
「んなのッ、俺の台詞だ馬鹿…」
ゆっくり顔を引き剥がし覗き込むと、そこにもう生気は無かった。頬に赤い筋を残したまま、安らかに目を閉じている。静かに平らな地面に横たえると、自分もその横に倒れこんだ。全てが終わったような気がして、どっと疲れを感じた。単なる泣き疲れかもしれない。
「もう、嫌だ……」
誰に聞かせるでもなく、一人呟いた。しばし放心した後、あることを思いつき、死に体となったシルフィの懐を探った。先がうねった鈍色の短剣を抜き出す。その切っ先を眺め、首筋にあてがう。しかしそれ以上、力をいれる勇気は出なかった。
結局何も出来ず、剣を投げ出す。自分の意気地の無さに嫌気がさし、再び涙を零した。だが街に戻ろうという気もまた、微塵もなかった。どうしようかと考えを巡らせていると、遠く足元の方から地鳴りが聞こえた。距離はまだあるが、あの蟻共がこちらに向かっている音であることは容易に想像できる。ユーリウはふらふらと身を起こし、音のする方を見つめた。疲れた、もう充分に哀しくて、苦しんだと思う。躊躇いはあったが、疲れが先立った。蟻を前にするとひとつ深呼吸をし、自分の顔と同じほどある蟻の口に、頭をねじ込んだ。底のない暗闇が広がり、流れる血のように生温かかった。
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